南米植物文化研究ノート

南米の植物にまつわるあれこれ。個人的な研究の記録です。

マテチャ(1) yerba mate/ caá 牧野先生、お言葉ですが!

 

 

Ilex paraguariensis モチノキ科モチノキ属

 「日本の植物学の父」とも呼ばれる牧野富太郎(1862-1957)先生のご著書『植物一家言ー草と木は天の恵みー』にこんな一節がありました。銀座のデパートで「マテ茶の平扁な四角に固めた製品」を「試しに買い求めてきて飲んでみたが、至ってまずかったことを、今もって覚えている」「日本には、紅茶があり、緑茶があり、コーヒーがあるので、もはや、その味のまずい、マテ茶は入用はない。」*1 その後の先生のご意見はわかりませんが、現在みられる牧野植物図鑑によると「煎じると快い芳香と軽い苦みがあり」とあるので、とりあえず第一印象は上記のようだったということです。また、当時日本に入ってきていた茶葉がどのようなものだったかも不明です。

名前の由来

   マテ茶の原産地はパラグアイあたりなので、学名にもそれを連想させる単語がついていますし、「パラグアイチャ」という和名もあるよう。スペイン語ではマテ茶葉を"yerba"といいますが、これはスペイン語の"hierba"(ハーブまたは「草」に該当)がもとになっており、アメリカスにやってきたスペイン人たちがグアラニの人たちが使用していたマテの葉を見て勘違いしたところに始まります。この木は大きくなると8メートル程度にもなるのですが、現在は葉の収穫のために背の低いものに"改良"されています。グアラニ語ではcaáまたは kaáと呼ぶそうです。ちなみに"マテ mate"という単語は、ケチュア語でひょうたんの意味で、昔はマテ茶をひょうたんの器で飲んでいたことから来ているようです。(ひょうたんを乾かして下半分を容器にする)マテを飲む、というときは"tomar mate"のようにつかいます。マテ茶にまつわるグアラニ人の神話なども、いずれご紹介できればと思います。

製法と飲み方 

 マテ茶の製法には、茶葉に熱を加えて乾燥させたのち熟成させたグリーンマテ茶と、グリーンマテ茶をさらに焙煎したローストタイプがあります。地域によって好まれるタイプは異なります。くわしくは日本マテ茶協会のページをどうぞ。

 飲み方にはいろいろあるのですが、ホットの場合には容器(最近は素材はさまざまでシリコン製もある)に直接細かく砕いた茶葉(茎あり、なしタイプがある)をいれて、そこに先端に茶こしのついた金属製のボンビージャ(ストロー)をさし、お湯をついで飲むという方法がひとつ。チェ・ゲバラの写真や、懐かしいアニメ「母をたずねて三千里」にも登場しています。ひとりで飲むこともあれば、仲間と回し飲みすることもあります。(コロナ禍のいまはいけませんが。)もうひとつは、ローストタイプの葉をポットに入れたり、ティーバッグにして湯を注いで飲むやり方(コシード)です。

 また、暑い時期には、水出しで作ることがあり、これを「テレレ Tereré」と呼び、昨年世界無形文化遺産に指定されました*2 テレレにはかんきつ系の果汁などを加えたりします。ホットもアイスもミントなどのハーブ類を加えることがあります。

     

 

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マテ茶の器は京都でこねたもの。茶葉はアルゼンチン産のグリーンマテ茶。

香りづけに干しみかんの皮。

 アルゼンチンやウルグアイでは、街ゆく人がマテ茶セット(魔法瓶とマテ容器、ボンビージャ。おそらくバッグの中には茶葉と、場合により砂糖)を抱えている姿が見られたり、ドライブインなどでポット用のお湯のサービスがあります。パラグアイに滞在した方の話を聞くと、こちらもほぼ一日中どこでも、という感じのようです。ブラジルでは「清涼飲料水を除けば、コーヒーに次いで国民が嗜好する飲物」*3で、レストランなどでも出されることがあるそうです(同)。

栽培の歴史

 マテ茶は、はじめはグアラニ人が山で自生したものを利用していました。一時は、今のアルゼンチン北東部やブラジル南部、パラグアイに、かつてイエズス会が建設した伝道所*4で栽培されたこともあります。イエズス会はメキシコでカカオ農園も経営していたようなので、産業化を目指していたのかもしれません。しかし18世紀後半、イエズス会ラテンアメリカから追放された際、この伝道所は放棄されてしまいました。

 現在はブラジル、アルゼンチン、パラグアイが主なマテ茶葉の産地です。19世紀後半のパラグアイ対ブラジル、ウルグアイ、アルゼンチンの3国の戦争で、パラグアイの領土は分割されてしまいました。アルゼンチン、ブラジル、パラグアイの三国の国境付近は、このときに線引きが変わりました。その後、アルゼンチンでは、カルロス・タイスーハカランダの項をご覧くださいーによる栽培技術の研究の成果もあって、*5 今のような一大産地になりました*6。最近では、単一栽培ではなく、家畜に雑草を食べさせたりする循環型農業をめざす農家や、農薬を使わない有機マテ茶を作ろうとする生産者もでてきています。こちらの記事*7によると、農薬をつかわないマテ茶葉には甘みがあり、砂糖を入れなくても甘みがあるそうです。

おわりに

 食物繊維やミネラルが豊富で抗酸化作用があり、飲めば眠気や空腹もやわらぐマテ茶は、天然のエナジードリンク。写真のように茶葉の多い方法で飲むと、試験前夜の一夜漬けにはいいかもしれませんが、安眠は保証いたしません。ご注意あれ

 ※マテ茶は最近はオンライン、店頭で販売もされています。飲み方、効能と副作用などについては、ご自分でよく確認のうえご利用いただければと思います。

 国立マテ茶葉研究所公式サイト(アルゼンチン) INYM - Instituto Nacional de la Yerba Mate

 日本マテ茶協会 INYM - Instituto Nacional de la Yerba Mate

 

*1:小山鐵夫監修、脚注水島うらら、2000年 北隆館 原著は昭和30[1955]年

*2:El Tereré es Patrimonio Cultural de la Humanidad (unesco.org)

*3:森幸一「マテ茶」『食文化誌 vesta No.99』(2015)

*4:キリスト教の伝道を目的に先住民を住まわせ、農業やその他のヨーロッパ由来の技術の手ほどきも行った。現在では遺跡が世界遺産に指定されている。Jesuit Missions of the Guaranis: San Ignacio Mini, Santa Ana, Nuestra Señora de Loreto and Santa Maria Mayor (Argentina), Ruins of Sao Miguel das Missoes (Brazil) - UNESCO World Heritage Centre

*5:La industrialización gracias a Carlos Thays de la Yerba Mate en Argentina (arecotradicion.com)

*6:2019年のアルゼンチンでの生産量はFAOのデータによれば、およそ30万トン。栽培面積はおよそ17万ha。うちミシオネス州にほぼ9割、残りがコリエンテス州に存在

*7:Yerba Agroecológica: propiedades, beneficios y donde conseguirla | AG Noticias (altagracianoticias.com)