南米植物文化研究ノート

南米の植物にまつわるあれこれ。個人的な研究の記録です。

ペウェンとの出会いから考える

ペウェンの森にたどりつくまで

宿の主人でガイドのM氏は迷っていた。観光の目玉であるナウエルブタ国立公園への80kmほどの道はいまとてもよくないらしい。近隣の街でランチの材料(ピクニックのご飯はチーズとハムのサンドイッチ!)を買ったあとも、地元の知り合いの家を訪ねて道の様子を確認していた。結局深くえぐれた轍の残る山道を延々走って(素人目ながら運転はとても難しそうだった)、国立公園にたどりつく(入場はおとなは有料)。のだが、その前に山中でひとつの儀式に私たちは参加することになった。

 それは山に祈りをささげるというもの。車を降りたところから大きな声をたてないように注意をうけ、森の中でマプチェ語であいさつをささげる。意味はわからないなりに各自神妙にひざまずいて目を閉じる。環境汚染にはいろいろな種類があるが、そのひとつが「音の公害」というものなのだそうだ。森でみだりに大声をあげて騒いだりしてはいけないとのことだった。

 国立公園の入り口にたどりつくまでには、車で山中の細い道をのぼったりくだったりするのだが、途中で木々が切り倒された場所を何か所か通った。そういった場所はとても埃っぽく、無残な様子に見えた。

 

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ナウエルブタ国立公園

 公園のゲートからピエドラ・デル・アギラ(Piedra del Aguila 鷲の岩)*1までは、特に深いわだちがえぐれた道を上っていく。鷲の岩が巨岩の手すりも何もない場所で、ペウェンの森を超えてはるか遠くまで見渡せる絶景のポイントだが、登りおりして記念撮影する観光客の安全は、本人の自己責任にかかっている…

 


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マプチェの若者たちの歌う上記のビデオにもところどころ登場する。

岩への途上で見られる風景




ペウェンかモンキーパズルか

ペウェンの世界共通の学名がアラウカリア・アラウカーナであることは前回書いたが、英語圏ではこの植物をモンキーパズル(サル泣かせ)と呼ぶ。「卵状三角形の堅い葉を密生した枝はサルも登れまいという」ことのようだが、「しかし、チリマツの分布圏にサルはいない」*2。18世紀にやってきた英国人がこの種を持ち帰り栽培に成功すると、すっかり人気の園芸植物となった。また非常に堅牢な木材だということで、一時は伐採が進んだため、いまでは保護の対象となっている。

 ペウェンは成長がとてもゆっくりで、若いころは枝がふつうに根元近くまで茂っているのだが、ある程度の年齢になると樹冠近くに集中して傘のような形になる。ピエドラ・デル・アギラのふもとを少し歩くと、樹齢2000年超というペウェンをみることができた。甲羅のような樹皮は山火事にも耐性があるといい、最近の山火事で樹皮がすすけたようになっている場所もあった。

 ペウェンの実は濃厚な味わいで、マプチェのいくつかのグループの中でとくに「ペウェンチェ」と呼ばれる人たちがこれをよく食用にし、それ以外のグループの人たちは、彼らほどは食べたりはしないと聞いた。

若いペウウェン

 

2000歳といわれるペウェン。この下に大きなうろがあり、人が5~6人はいれそうだった。



 

*1:アルゼンチンにも同名の名所がある

*2:小野幹雄『朝日百科 世界の植物』朝日新聞社、1978年