南米植物文化研究ノート

南米の植物にまつわるあれこれ。個人的な研究の記録です。

新しいチリへ ボイェ Boye(Foye)

 学名 Drimys winteri シキミモドキ科

 

 チリではスペイン語でcaneloと呼ばれ*1成長すると20メートルほどにもなる木で、白い花が咲き、紫色の実がなります。ボイェは南米の先住民言語マプズングンでの呼び名。チリ、アルゼンチン南部の温帯雨林に育つ常緑樹。

 

Drimys winteri

ボイェの花 Eric Hunt, CC BY-SA 3.0 <http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/>, via Wikimedia Commons

 

 南米のチリでは、軍政時代に作られた憲法に変わる新しい憲法が作られようとしています。今年(2021年)、そのための議会が、選挙によってえらばれたメンバーにより作られました。メンバーは155人で、男女がほぼ半々、先住民の席が17用意されました。そして、議長に選ばれたのはエリサ・ロンコンというマプチェ人(アラウコ人 araucano,araucanaと呼ばれることも)の活動家であり、ライデン大学やチリ・カトリック大学で博士号を、メキシコのメトロポリタン自治大学では修士号言語学)を取得、大学でも教鞭をとる学者さんです。ちなみに副議長はバルパライソ大学の教授で憲法学が専門のハイメ・バッサ氏。 

 マプチェ人は、スペイン人が16世紀初頭にこの地域にやってくる前のおよそ紀元前450年ごろからチリ中部を中心に暮らしてきた人びとです。狩猟、漁労、採集、野菜栽培などを行っており、15世紀ごろ現在のエクアドルからチリ、アルゼンチン北部にかけて急速に領土を拡張したインカの帝国にも屈せず、スペイン人の征服者とも勇敢に戦ってスペインの植民地時代には自治をかちとりもしました。しかし、1880年頃、アンデス山脈の東側と西側でチリ、アルゼンチンのスペインから独立して建設された両共和国の軍がそれぞれに先住民”討伐”作戦を行った結果、活動範囲が狭まり今に至っています。マプチェ、ウィジチェ、ペウエンチェ、テウエルチェなど、それぞれに特徴的な生活様式をもつ民族集団が共通の言語マプズングン(マプチェ語)を話すようになり、マプチェと総称されるようになったと考えられています。

 マプチェの文化には「マチ machi」という存在があります。多くは女性なのだそうですが、病気の人に対して、その病気の原因がどこにあるかを儀式を通じて見抜き、薬草などを使っていやすという行為で知られています。*2そのマチが儀式のときなどに手にする緑の葉のついた枝があります。

 先日、新憲法制定議会の議長として就任あいさつをするロンコン氏のかたわらに、ロンコン氏と同じスタイルの民族衣装を着た女性がいました。彼女は、フランシスカ・リンコナオというマチです。*3 このときリンコナオ氏が手にしていたのがボイェの枝です。

 

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  ボイェの木は強い香りがあり、せんじて痛み止めや傷薬などとしても使われます。実はコショウの代わりに使われることもあるとか。*4また、この木をくりぬいて皮をはり、伝統的な音楽で使用する太鼓クルトゥルンを作ることもある、マプチェの文化に欠かすことのできない樹木です。

 "mapuche"は"mapu"が土地で、"che"が人。土地の人という意味です。人間も含めさまざまな動植物がおりなす生物的な多様性に満ちた土地は、植林やその他の経済的な利益優先の営みによって危険にさらされています。ロンコン氏は就任のあいさつのなかで、この憲法起草議会を「これまでのチリの国民国家が置き去りにしてきた先住民の言語で行われる参加型で透明な議会」、先住民や女性や子どもといった人間の権利と並んで、母なる地球の権利や水の権利を尊重する議論が行われる場にしていくと宣言しました。

 

*1:スペインでは「シナモンの木」を指す

*2:チリ国立図書館のページ

Machis - Memoria Chilena, Biblioteca Nacional de Chile

*3:彼女自身も新憲法制定議会のメンバー。数年前には(政府が恣意的に運用していると批判されている反テロリスト法により自宅拘禁となった経験をもつ。

*4:Centro Cultural Rayen Wekeche Valle de Elikura "Elikurache Kimün Mongen Kimün  Guia introductoria" 2019