フロリポンディオ Floripondioとはどんな植物?
コダチチョウセンアサガオ(Brugmansia arborea) ,キダチチョウセンアサガオ(Brugmansia x candida) ナス科ブルグマンシア属
(以前はDatura属に分類されていたので、ダトゥラという名称でも知られている)
わざと知られていないほうの名前で書きましたが、エンジェルストランペットときけばわかる方も多いはず。街角でもときどき見かける背の高い植物で、大きな下向きのラッパ型の花をつけます。
原色世界植物大図鑑(「図鑑」は旧字。1986年 北隆館)によると、「コダチ~」のほうは、チリ、ペルーの2000~3000メートルの高所にはえる低木。高さ5~6メートル。花期は夏。そっくりのキダチ~ーB. aureaとB. versicolorを掛け合わせたものだそうーは、メキシコ、ペルー、ブラジルに分布する常緑低木。高さ3~5メートル、花は一年中(同)。16世紀のイエズス会士アコスタの記録だと花は一年中咲くとあるので、図鑑の記述と食い違うのですが、訳注ではDatura arboreaとしています。
アンデス地方が原産のこの花は、植民地時代の記録によると、あまりの美しさと香りのよさに、ペルー副王(スペイン国王の代理人)フランシスコ・デ・トレド*1が、「王室庭園にあるにふさわしい」と、当時のスペイン国王フェリペ2世への捧げものにしたそうです。*2
天使のトランペット? それとも…
英語では天使のトランペットと呼ばれる、天国の夢が見られそうな美しい花ですが、じつは知る人ぞ知る有毒植物です。
アコスタの『新大陸自然文化史』訳者の増田義郎氏のJohn M. Cooperの研究にもとづく訳注に、「その樹皮、葉、種などから一種の麻薬を作る習慣が、コロンビアのチブチャ族、中央アンデスのケチュア族から、チリのマプーチェ族、ウィリチェ族までにわたって見られた」とあったので調べてみると、コロンビア、ペルー、チリなどで、先住民の人たちにとって、特別な意味を持つ植物だということがわかりました。名前もスペイン語のBorracheroのほか、 Huacacachu, Huanto, Maicoa, Toé, Tonga, Huaca, Huacachacaなどさまざまな名称があります。
『図説快楽植物大全』という印象的なタイトルの本(原題は"Plants of the gods. Their sacred, healing and hallucinogenic powers" 神々の植物ー神聖な、癒しと幻覚の力、R.E.シュルテス、A.ホフマン、C.レッチュ著、鈴木立子訳 2007年 東洋書林)によれば、ブルグマンシアはいくつか種類があり、種子、花、葉、樹皮にアルカロイドを含んでいます。そして、リュウマチなどの病気の治療に用いられることもありますが、強い幻覚作用をもたらすことから、複数の先住民族の間で、それぞれのやり方で使用されています。ただ、後作用の不快さ、扱いの難しさなどから、限られた人びとー知識をもつシャーマンーの手にゆだねられているのだそうです。
”元祖”チョウセンアサガオ、曼荼羅花(マンダラゲ)
ところで、日本に早々に帰化していた元祖チョウセンアサガオ*3ですが、江戸時代に世界に先駆け全身麻酔で手術を行った華岡青洲が麻酔薬として使ったことで知られています。
また、華岡が使用したであろうチョウセンアサガオのほかにも、チョウセンアサガオ属にはヨウシュチョウセンアサガオDatura stramoniumというものがあり、これは現在のメキシコ、米国南西部が原産だそうです。荒俣宏さんの『花の王国』には、明治初期に日本に渡来したと書かれていました。原色版日本薬用植物事典には、チョウセンアサガオ(インド原産)、ヨウシュチョウセンアサガオ(熱帯アジア原産)、シロバナヨウシュチョウセンアサガオが掲載されており、学名の一致からDatura stramoniumは、この図鑑によるとシロバナ(ヨウシュ)チョウセンアサガオのようです。いずれも、今では日本に帰化し空き地、荒れ地に野性化して*4います。
余談ですが、この華岡青洲という人物を、お芝居や小説などで名前を知ったという方も多いのではないかと思います。小説家の有吉佐和子(1931-1984)が、麻酔薬の実験台となった華岡の母と妻の確執を描いた小説が芝居や映画などになりました。ちなみに作家自身は、すでに小説家としてデビューしたのちのニューヨーク留学中の、とあるパーティで出会った医師からこの名前を聞いたそうです。*5
有毒植物と昆虫
ブルグマンシアの使用について、上であげた『快楽植物大全』には興味深いことが書かれていました。その昔(紀元前1万2千年より前と考えられている)、アジアからアメリカ大陸へ移動していった人びとが、アンデス山脈の周辺でブルグマンシアをみつけ、近縁種のダトゥラ属との類似性に気づいて、利用を始めたのではないかという考察でした。現地でもテレビなどでも、アメリカ先住民といわれる人たちの顔つきや肌の色を見ると、東~東南アジアなどに多いひとたちと似ているなあと思わずにいられないのですが、きっと人はずっと昔から移動する生き物だったのですね。
どちらにしても、これらの植物は専門的な知識にもとづく使用では薬にもなりますが、有毒な物質を含んでいるので、見つけたとしても花、葉、茎などの汁が手や顔につかないよう、お気を付けください。そしてくれぐれも妙な気を起こされませんように。この花で作ったお茶を飲んだ青年がなくなったという例がチリで報告されています。日本語では、厚生労働省が右のような情報を提供しています。 自然毒のリスクプロファイル:高等植物:チョウセンアサガオ類2(キダチチョウセンアサガオ) (mhlw.go.jp)
でも、こんな植物にも虫がやってくるのが自然の不思議さ。日本だとジャコウアゲハの幼虫がウマノスズクサという毒草を食べて、体内に毒を蓄積することが知られていますが、ブルグマンシアは中南米にたくさんの種類がいるツノゼミに樹液を提供しているそうです。(ツノゼミは小指のさきほどもない小さなふしぎな形をした虫です。下に写真のかわりの本を紹介しておきます。)また、花は夜間に芳香を放ってガをひきつけ、受粉を媒介してもらうのだとか*6。ほんとうに興味がつきません。それにしても副王トレド、毒草と知っていて国王に献上したのでしょうか。その点は、いつかスペインの植物学者の方にでもうかがってみたいところです。
なお、ブルグマンシアのいくつかの種(D. arborea, D. aurea )は、IUCN(国際自然保護連合)のレッドリストに載っていて、コロンビア~ペルーのアンデス山脈沿いの地域で「野生状態で絶滅」となっています。おそらく、この地域の環境の変化によるものなのでしょう。