南米植物文化研究ノート

南米の植物にまつわるあれこれ。個人的な研究の記録です。

少し先の風景を想像してみる

 

春の風物詩ナガミヒナゲシ

 道端にかわいいオレンジ色のポピーの咲く季節となりました。ナガミヒナゲシ(Papaver dubium)*1 という花です。先日は空地いっぱいに咲き乱れているのを見かけました。この植物はヨーロッパ原産の帰化植物で、種が車のタイヤによって運ばれ、道路沿いから畑までひろがっているそうです。ナガミヒナゲシは、根から他の植物の芽生えを阻害するアレロパシー物質を出すため、農地などでは迷惑がられているそうです。*2 このように、帰化植物のなかには、しばしば雑草化して迷惑がられる存在になっているものもあるのですが、今日はそんな野生化した植物のなかでアメリカ大陸から来たものをいくつか紹介します。以前紹介した「ムラサキカタバミ」もそうでした。

 

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夕化粧 オシロイバナアカバナユウゲショウ

 まずは、オシロイバナ(Mirabilis jalapa)。『野草大図鑑』(高橋秀男監修、1990年、北隆館)によると日本では江戸時代から記録があるそうです。よく栽培され、野生化している、とのこと。学名にある"jalapa"はメキシコ、ベラクルス州にあるXalapa/Jalapa(「ハラパ」と発音)という地名から来ているようで、そういえばハラペーニョという緑色の辛い唐辛子もありましたね。(ハラペーニョは「ハラパの」という形容詞)中米から南米の熱帯地域原産で、スペイン語の名称は数えきれないほど。理由はわかりませんがDiego, Pedro, Juanなどスペイン語の男性の名前のついたもの、「ペルーのふしぎ(maravilla)」、「メキシコ・ジャスミン」など、原産地や香りに由来するだろうものなどいろいろあるようです(スペイン語Wikipedia情報)。夕方に咲くことから、「夜のドン・ディエゴ」などという名称もあります。どんなわけがあってつけられた名前でしょうか、妄想をかきたてられます(笑)。

 

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▲「お、しろい花」と思わずダジャレを言ってしまった… 白花は珍しいように思うのですが。

 

 日本でも夕方に咲くことからユウゲショウ(夕化粧)という粋な名前がありますが、どちらかというと黒い実のなかに「おしろい」のような白い粉が入っていることからついた「オシロイバナ」のほうが知られているのではないでしょうか。子どもの頃はパラシュートを作って遊んだりしました。

 

動画や写真で遊び方を紹介しているサイト↓

45mix.net

 紛らわしいのですが、日本語でユウゲショウと呼ばれる植物がほかにもあります。オシロイバナと区別するためにアカバナユウゲショウ(Oenothera rosea)と呼んだりもするそうですが、月見草と同じアカバナ科でこれも園芸用に導入されたものが逃げ出した外来植物だそうです。*3

 

アカバナユウゲショウ  小さいけど鮮やかな色が目を引きます。

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富士山に似合うマツヨイグサ

    薄暗い夕闇の中にあかりを灯したように黄色く咲く月見草は、太宰治の『富嶽百景』や竹久夢二の作詞した歌*4で知られ、”富士山に似合う”在来種のように思われていますが、じつは日本には自生種がなく、すべてのツキミソウ属がアメリカ大陸からやってきたのだそうです。*5 チリ原産の元祖マツヨイグサ(Oenothera stricta/odorata)はこちら。アルゼンチンの植物相のサイトでは Flora Argentina(Oenothera versicolor)

 

 複数の種類がある「月見草」の和名にはツキミソウマツヨイグサが混在していてややこしいのですが、太宰が見たであろう黄色い花をつける月見草(オオマツヨイグサ Oenothera grazioviana)は明治初年頃日本にはいった園芸植物であり、「都会を中心に、その後、帰化したコマツヨイグサ(Oenothera laciniata)やメマツヨイグサ(Oenothera biennis)などに取って代わられている」*6とのことなので、もはや今ではあまり見られないかもしれません。最近では薄い白、または桃色の可憐な花をつけるヒルザキツキミソウ(Oenothera speciosa)ーこれは昼に咲くーもあちこちでみかけますが、これも米国中部~メキシコ北部原産の帰化植物です。

 

ヒルザキツキミソウが近所の道路わきに群れて咲いていました。大輪が風にそよぐ様子はとても可憐。

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 なお、夕方に開くオオマツヨイグサスズメガに受粉してもらうのだそうです。昆虫写真家の海野和男さんが、ペルーのスズメガの写真を公開されています。*7 写真だとわかりにくいですが、花の蜜を吸う長くて細い口吻が特徴です。太ったハチというか、小さなハチドリのように空中で止まって、目に見えない速さで羽ばたきながら、伸び縮みする長い口吻をつかって花の蜜を吸う昆虫です。幼虫が巨大でカラフルな芋虫なので、子どもは見つけたらきっと大はしゃぎでしょう。これから夏にかけて、近所の植え込みなどでも成虫が花の蜜を吸う姿が見られると思うので、探してみてください。

 

雑草にも流行が?

 帰化植物の生育場所が安定するには50年ぐらいかかるという説があるそうです*8。専門的なことはわかりませんが、半世紀ほど生きてきて、子どもの頃に見た”雑草”が、今とまったく同じではないという感じがします。

 最初のナガミヒナゲシの話に戻ると、環境研究所のデータベースでは、ナガミヒナゲシは土壌の種類は選ばないと書かれていますが、「コンクリートによってアルカリ性になった道端の土壌を好むとも言われている。」*9 そうです。鉄道の敷設によって全国に広がったヒメムカシヨモギ*10などのように、人間の活動の結果、あらたな植物が”侵入”するというサイクルになっているのかなと思います。

 雑草の定義としては、「諸説あるが、作物を栽培する水田や畑に勝手にはえてきて、作物の生育に害を与える一群の草。また、庭や公園などに自由にはびこり、美観を損ねる一部の草」と『ミニ雑草図鑑』(廣田伸七編著、2005年、全国農村教育協会)にありました。人間が自分の活動に合わせて定義するものということがわかります。これも以前のブログで紹介したのですが、日本では雑草扱いのハキダメギクが、コロンビアではハーブとして利用されていました。

 

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 私は、ただ草花が好きなだけの人間なので、生態系や帰化植物の扱いについて何か言えはしないのですが、これらの植物の故郷の南北アメリカは、500年ほどの間に大きく自然が変えられました。そのなかで失われていったものはどのくらい大きいのだろうと考えてしまいます。日本で起こっている変化が、それに比べてどうかはわかりませんが、どちらの場合も人間の責任は大きいはずです。だから、自然を相手に何かするときには、ちょっと立ち止まって、過去の事例を調べてみるとか、50年100年先のことを想像してみることができたら、何かが変わるのではないか? 小さくても、そのようなきっかけにでもなれば幸いと思ってこれを書いています。

*1:ナガミヒナゲシ / 国立環境研究所 侵入生物DB (nies.go.jp)

*2:農環研ニュースNo90 (affrc.go.jp)

*3:稲垣栄洋、『ワイド版 散歩が楽しくなる雑草手帳』2018年 東京書籍

*4:『宵待草』作曲は多忠亮 おおのただすけ 1917年初演、1918年出版

*5:稲垣、2018年

*6:稲垣、2018年

*7:ペルーのスズメガの仲間 - 海野和男のデジタル昆虫記 - 緑のgoo

*8:高見沢茂富『帰化植物秘話 植物文化を築いてきた外来植物たち』2010年、ほおずき書籍

*9:稲垣、2018年

*10:稲垣、2018年