ウルシ科サンショウモドキ属
やわらかい葉が風に揺れる様子が、一見すると柳のような印象を与える木です。最大で15メートルほどの高さになるこの木は、灰色がかった緑の細長い葉に、かわいらしい小さな赤い色の実の房をつけます。皮の下の小さな実はピンクペッパーとして使われます。コショウ科ではないのですが、形状が似ているためにペッパーと呼ばれます。料理店などで見かけた(食べた)ことのある方もいらっしゃるかも。
英語圏ではペッパーツリー、ペルーヴィアン・ペッパーなどと呼ばれ、和名はコショウボク。スペイン語では"molle"(モジェ)またFalso pimiento (ファルソ・ピミエント 偽のコショウという意味)などいろいろな呼び名があります。ペルー原産のため、メキシコなどではスペイン語でピルーとかピルルとも呼ばれています。モジェは、エクアドルからチリ、アルゼンチン北部のアンデス地方で現在も話されているケチュア語からスペイン語になった単語のようです。パラグアイやブラジル南部、アルゼンチン北東部に暮らすグアラニ人のことばでは、アグアリバイ(Aguaribay)と呼ばれます。
スペイン人のコンキスタドール(征服者)とインカの王女の間に生まれたインカ・ガルシラーソ(1539-1616)がインカ帝国のことを記した『インカ皇統記』*1や、イエズス会士アコスタ(1540-1600)の『新大陸自然文化誌』*2にも記されているのですが、薬用、食用として珍重されてきました。
そのような数世紀前の記録だけではなく、ボリビアのyoutuberネルシーさんの動画に、モジェのチチャの作り方を説明したものがありました。皮をとり、ペットボトルの水に入れてシェイクするだけ。甘みのある飲み物のようです。(チチャはトウモロコシを発酵させてつくるお酒が有名ですが、現地ではアルコール分のないものを指すこともある)動画では、種は辛いのでとりのぞいてください、と説明されていました。
伝統医療で、外傷の手当のほか、リウマチや風邪、気管支炎などにも効くとされているようですが、妊娠中の方は避けたほうがよい、という記述も見たことがありますし、場合によりアレルギー反応を起こすこともあるようです。ご利用のさいはよく調べてご自身の責任でお願いします。
なお、”molle”は、さまざまな植物(木)をさす広い概念だと思われます。なぜかというと、チリではSchinus latifoliusを、アルゼンチン中部ではSchinus fasciculatusという学名の紫の実をつける植物を、それぞれモジェと呼ぶこともあり、また、アルゼンチンでmolle dulce, molle blanco, chicha、ウルグアイで"aruera",ブラジルでは"aroeira"と呼ばれる植物 Lithaea molleoides、やはり赤い実をつけるSchinus terebinthifolius(サンショウモドキ)などがあちこちで混同されているからです。もちろん、これを書いている私もすべての種類を観察したわけではないので、まちがって理解している可能性があります。モジェの世界にはまだまだ奥行きがありそうです。
ここで扱ったモジェ[コショウボク]は、いまではオセアニア、アフリカなどにも広がっていますが、北米カリフォルニアにも持ち込まれ定着しているそうです。ちょうど2021年2月のアメリカハーブ協会の今月のハーブに選ばれたということでこちらのページに情報が載っています(英語)。すてきな壁紙もDLできるようです。のぞいてみてください。
大航海時代叢書〈第3〉新大陸自然文化史〈上〉 (1966年)