南米植物文化研究ノート

南米の植物にまつわるあれこれ。個人的な研究の記録です。

カタバミの世界

  ムラサキカタバミ Oxalis corymbosa アメリカス原産帰化植物 カタバミ科カタバミ

 

 ムラサキカタバミを知っていますか?

 薄いピンクの綺麗な花をつけるムラサキカタバミ。子どもの頃その茎を口に含んでみたことがあるのですが、ちょっとすっぱい味がしました*1。昔はわりとよく見かけていたのですが、最近あまり見なくなったような気がします。そのかわり、もっと濃いピンクのよく似た花(イモカタバミ)や、園芸種だとおもうのですが、黄色い花を咲かせる大きなカタバミをよく見ます。店頭ではオキザリスと呼ばれています。

 

f:id:rosita:20210309195609j:plainムラサキカタバミの花と、写真左のハートを逆さにした葉が三つついているのがムラサキカタバミの葉。

 

 ムラサキカタバミ帰化植物

 海外から来たカタバミオキザリス)には、大きくわけてアフリカ原産のものと南アメリカ原産のものとあるようです。このムラサキカタバミは中央アメリカからガイアナパラグアイが原産と考えられています。日本には江戸時代に園芸植物として入ってきたものが、鉢や庭から逃げ出して野生化しました。このように、人の手で栽培されていた有用植物が逸出したものを逸出帰化植物と呼ぶそうです。

   先日、365日野草生活®のんさんの野草観察会で、江東区の「帰化植物見本園」に行ってきました。都立木場公園のなかにあり、帰化植物だけを集めたとても珍しい植物園です。なぜここに帰化植物園が作られたかというと、青海コンテナふ頭*2を擁する江東区の雑草の80%が帰化植物*3だからなのです。平成4年に設置され、江東植物愛好会*4のボランティアの方たちが中心になって運営されています。敷地は約500平方メートルで、世界中からやってきた植物たちを見ることができます(もちろん特定外来生物に指定されたものは栽培されていない)。

 こちらの見本園でいただいたガイドブックによると、帰化植物には、上の逸出帰化植物のほかに、自然帰化植物、仮生(住)帰化植物、予備帰化植物、史前帰化植物があるとか。例をあげると、ヒガンバナやフジバカマなどは史前帰化植物シロツメクサは牧草として輸入されたものが広まった逸出帰化植物に当たります。意外なものが帰化植物だったりするので、一度足を運んでみられると面白いと思います。

 

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 ムラサキカタバミとよく混同されるのが、やはり南米から来たイモカタバミ(Oxalis rubra)です。(上の写真)やってきたのはムラサキカタバミより後、第二次大戦後だそうです。花の大きさはほぼ同じ。色がこちらのほうが少し濃いのと、中心にある葯の色が異なります。こちらも帰化植物ですが、1972年発行の『日本帰化植物図鑑』によると、「鱗茎をまき散らしやたらに殖える」ムラサキカタバミに比べ、こちらは「害草化する心配がない」とのこと。*5 そう、法的にはムラサキカタバミ要注意外来生物なのです。*6

 アメリカスのカタバミ

 インターネットで検索すると、ムラサキカタバミもイモカタバミも、同じカタバミの仲間でアンデス地方で食用にされているオカ(Oxalis tuberosa)にちなんで、オカの花、またはピンク・オカ、オキザリス、葉の形からあやまってクローバーなどと呼ばれているようです。ocaはケチュア語起源。

 ところで、私がこのブログを書く上で参考にしている本の一冊から、アメリカスでのカタバミの花の様子を描いたものをご紹介します。早い時期から日本語に訳され、アルゼンチンのパンパの自然を伝えてきた博物学者ウィリアム・ヘンリー・ハドソン(1842-1922)*7の一冊にあるマカチナ[邦訳]というカタバミについてのとても美しい記述です。

 

 マカチナは、この土地で咲く最初の野の花でしたから、英国の子供たちにとってのノイチゴやカキドオシや、クサノオウや、そのほか春の初めの花と同じほどに、私たち子供には、すばらしい魅力でした。[中略ー子供たちがおやつにした甘い球茎についての描写がつづく] 私たちは我がちに食卓用のナイフで球茎を掘りだしていましたが、いくら幼い子供でも、味だけではなく、その美しさゆえに、ものをいつくしむこともできるのです。マカチナは、花も葉も、形がコミヤマカタバミに似ていましたが、羊が草を短く食い切ったような場所に、一番よく繁茂するものですから、葉は、ずっと小さく、地面に接近して生え、英国の白亜の丘の芝生そっくりな、滑らかな草地を作っていました。花は、ウマノアシガタのように、一面に金色の波を打たせて、かたまっては咲かず、二三インチずつ離れて、芝生の上二インチのあたりに、ほっそりした茎が、それぞれに一つずつ、花をつけているのでした。茎は非常にかぼそいので、ため息のような風にも、花をなよなよと揺らめかせ、その折の光景は、えも言われず美しいものでした。そのながめに見とれて、幾度私は、とある緑地のただ中に、身動きもせず立ちつくしたことでしょう。私を取りまく周囲こそ、数百ヤードというものは、一面、緑の草のしとね、微風にそよぐ幾千もの、小さな、黄色い花の数知れぬきらめきでした。*8

 

 子ども時代をパンパですごしたハドソンの目に映った夢のような風景。このマカチナは(原文ではmachines。単数形は macachín)は、調べてみると日本ではベニカタバミ(Oxalis brasiliensis)と呼んでいる帰化植物でした。

 このほかにも、チリ、アルゼンチンの先住民族マプチェの人たちが食用または薬用にするCulle amarillo, Cuyi-Cuyi,Vinagilloなどと呼ばれる黄色い花をつけるカタバミ(Oxalis valdiviensis) *9などがあります。このカタバミの話もまだまだ終わりにはならなさそうですが、ひとまず今日はここまでに。

 

 
 

*1:食べることはできますが、シュウ酸が多いのでとりすぎないようにとのこと。詳しく書かれている農研機構のページ カタバミ (affrc.go.jp)

*2:世界につながる東京港 (tptc.co.jp)

*3:公益財団法人東京都公園協会編「木場公園帰化植物見本園 帰化植物ガイドブック」2016年

*4:1982年創設。江東区南部の埋立地の野草観察を月1回行ってきた。1993年頃から臨海副都心の開発が始まり、観察地を都心や近郊の公園、緑地に変えて続けている

*5:長田武正著、北隆館

*6:国立環境研究所 侵入生物データベース侵入生物データベース ―外来種/移入種/帰化動植物情報のポータルサイト― (nies.go.jp)

*7:アルゼンチンに生まれ、のちに英国に帰化。『ラ・プラタの博物学者』などの著作などで知られている。

*8:ハドソン著、寿岳しづ訳『はるかな国とおい昔』一九九八 第1刷は一九三七、岩波書店

*9:Vinagrillo - Arca del Gusto - Slow Food Foundation (fondazioneslowfood.com

マテチャ(1) yerba mate/ caá 牧野先生、お言葉ですが!

 

 

Ilex paraguariensis モチノキ科モチノキ属

 「日本の植物学の父」とも呼ばれる牧野富太郎(1862-1957)先生のご著書『植物一家言ー草と木は天の恵みー』にこんな一節がありました。銀座のデパートで「マテ茶の平扁な四角に固めた製品」を「試しに買い求めてきて飲んでみたが、至ってまずかったことを、今もって覚えている」「日本には、紅茶があり、緑茶があり、コーヒーがあるので、もはや、その味のまずい、マテ茶は入用はない。」*1 その後の先生のご意見はわかりませんが、現在みられる牧野植物図鑑によると「煎じると快い芳香と軽い苦みがあり」とあるので、とりあえず第一印象は上記のようだったということです。また、当時日本に入ってきていた茶葉がどのようなものだったかも不明です。

名前の由来

   マテ茶の原産地はパラグアイあたりなので、学名にもそれを連想させる単語がついていますし、「パラグアイチャ」という和名もあるよう。スペイン語ではマテ茶葉を"yerba"といいますが、これはスペイン語の"hierba"(ハーブまたは「草」に該当)がもとになっており、アメリカスにやってきたスペイン人たちがグアラニの人たちが使用していたマテの葉を見て勘違いしたところに始まります。この木は大きくなると8メートル程度にもなるのですが、現在は葉の収穫のために背の低いものに"改良"されています。グアラニ語ではcaáまたは kaáと呼ぶそうです。ちなみに"マテ mate"という単語は、ケチュア語でひょうたんの意味で、昔はマテ茶をひょうたんの器で飲んでいたことから来ているようです。(ひょうたんを乾かして下半分を容器にする)マテを飲む、というときは"tomar mate"のようにつかいます。マテ茶にまつわるグアラニ人の神話なども、いずれご紹介できればと思います。

製法と飲み方 

 マテ茶の製法には、茶葉に熱を加えて乾燥させたのち熟成させたグリーンマテ茶と、グリーンマテ茶をさらに焙煎したローストタイプがあります。地域によって好まれるタイプは異なります。くわしくは日本マテ茶協会のページをどうぞ。

 飲み方にはいろいろあるのですが、ホットの場合には容器(最近は素材はさまざまでシリコン製もある)に直接細かく砕いた茶葉(茎あり、なしタイプがある)をいれて、そこに先端に茶こしのついた金属製のボンビージャ(ストロー)をさし、お湯をついで飲むという方法がひとつ。チェ・ゲバラの写真や、懐かしいアニメ「母をたずねて三千里」にも登場しています。ひとりで飲むこともあれば、仲間と回し飲みすることもあります。(コロナ禍のいまはいけませんが。)もうひとつは、ローストタイプの葉をポットに入れたり、ティーバッグにして湯を注いで飲むやり方(コシード)です。

 また、暑い時期には、水出しで作ることがあり、これを「テレレ Tereré」と呼び、昨年世界無形文化遺産に指定されました*2 テレレにはかんきつ系の果汁などを加えたりします。ホットもアイスもミントなどのハーブ類を加えることがあります。

     

 

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マテ茶の器は京都でこねたもの。茶葉はアルゼンチン産のグリーンマテ茶。

香りづけに干しみかんの皮。

 アルゼンチンやウルグアイでは、街ゆく人がマテ茶セット(魔法瓶とマテ容器、ボンビージャ。おそらくバッグの中には茶葉と、場合により砂糖)を抱えている姿が見られたり、ドライブインなどでポット用のお湯のサービスがあります。パラグアイに滞在した方の話を聞くと、こちらもほぼ一日中どこでも、という感じのようです。ブラジルでは「清涼飲料水を除けば、コーヒーに次いで国民が嗜好する飲物」*3で、レストランなどでも出されることがあるそうです(同)。

栽培の歴史

 マテ茶は、はじめはグアラニ人が山で自生したものを利用していました。一時は、今のアルゼンチン北東部やブラジル南部、パラグアイに、かつてイエズス会が建設した伝道所*4で栽培されたこともあります。イエズス会はメキシコでカカオ農園も経営していたようなので、産業化を目指していたのかもしれません。しかし18世紀後半、イエズス会ラテンアメリカから追放された際、この伝道所は放棄されてしまいました。

 現在はブラジル、アルゼンチン、パラグアイが主なマテ茶葉の産地です。19世紀後半のパラグアイ対ブラジル、ウルグアイ、アルゼンチンの3国の戦争で、パラグアイの領土は分割されてしまいました。アルゼンチン、ブラジル、パラグアイの三国の国境付近は、このときに線引きが変わりました。その後、アルゼンチンでは、カルロス・タイスーハカランダの項をご覧くださいーによる栽培技術の研究の成果もあって、*5 今のような一大産地になりました*6。最近では、単一栽培ではなく、家畜に雑草を食べさせたりする循環型農業をめざす農家や、農薬を使わない有機マテ茶を作ろうとする生産者もでてきています。こちらの記事*7によると、農薬をつかわないマテ茶葉には甘みがあり、砂糖を入れなくても甘みがあるそうです。

おわりに

 食物繊維やミネラルが豊富で抗酸化作用があり、飲めば眠気や空腹もやわらぐマテ茶は、天然のエナジードリンク。写真のように茶葉の多い方法で飲むと、試験前夜の一夜漬けにはいいかもしれませんが、安眠は保証いたしません。ご注意あれ

 ※マテ茶は最近はオンライン、店頭で販売もされています。飲み方、効能と副作用などについては、ご自分でよく確認のうえご利用いただければと思います。

 国立マテ茶葉研究所公式サイト(アルゼンチン) INYM - Instituto Nacional de la Yerba Mate

 日本マテ茶協会 INYM - Instituto Nacional de la Yerba Mate

 

*1:小山鐵夫監修、脚注水島うらら、2000年 北隆館 原著は昭和30[1955]年

*2:El Tereré es Patrimonio Cultural de la Humanidad (unesco.org)

*3:森幸一「マテ茶」『食文化誌 vesta No.99』(2015)

*4:キリスト教の伝道を目的に先住民を住まわせ、農業やその他のヨーロッパ由来の技術の手ほどきも行った。現在では遺跡が世界遺産に指定されている。Jesuit Missions of the Guaranis: San Ignacio Mini, Santa Ana, Nuestra Señora de Loreto and Santa Maria Mayor (Argentina), Ruins of Sao Miguel das Missoes (Brazil) - UNESCO World Heritage Centre

*5:La industrialización gracias a Carlos Thays de la Yerba Mate en Argentina (arecotradicion.com)

*6:2019年のアルゼンチンでの生産量はFAOのデータによれば、およそ30万トン。栽培面積はおよそ17万ha。うちミシオネス州にほぼ9割、残りがコリエンテス州に存在

*7:Yerba Agroecológica: propiedades, beneficios y donde conseguirla | AG Noticias (altagracianoticias.com)

マルメロ Cydonia oblonga 今日はデザートのお話。

バラ科 マルメロ属

 初めにお断りしておくと、これはアメリカ原産の植物ではありません。1590年の記録によると、アメリカスでは、「(エスパニャ=スペインから移植され)すべての地方、およびヌエバエスパニャ*1で産し、半レアルで、五十個えらびどりだった」*2とのことです。

 もともとは西アジア原産で、日本方面に渡来したのは、寛永11年(1634年)。和名はポルトガル語"Marmelo"起源だとか。*3 果肉を砂糖で煮ると、どっしりとした羊羹のような菓子Dulce de membrillo(発音はドゥルセ・デ・メンブリージョ。「マルメロの菓子」の意味)になります。ドゥルセ・デ・メンブリージョ中南米の広い範囲で食されていて、薄く切ってチーズといっしょにデザートとして食べます。甘酸っぱさとクリーミーなチーズの味が合わさって、とても美味しいです。グアバやサツマイモも同じように食されます。

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▲盛り付けが下手でお恥ずかしいのですが、イメージをお伝えいたしたく。
 

 熊本にある加勢以多という和菓子は、もとはポルトガルより伝わったマルメロの菓子”caixa da Marmelada”[ caixaは「箱」の意味。弁当箱につめたような形だから?]すなわちドゥルセ・デ・メンブリージョを薄く切り、もち米でつくったウエハースのようなもので挟んだ菓子です。(現在はマルメロではなくカリンを使用しているそうです。)*4  

 マルメロとよく混同されるカリンは中国原産で、学名Pseudocydonia sinensis、バラ科カリン属に分類されます。カリンもマルメロも、愛らしい花が咲いて香りのよい黄色い実がなるのですが、別のものです。カリンはお酒やのど飴でおなじみですね。カリンとマルメロのちがい、見分け方について写真入りで説明されているサイト(日本語)はこちら

 ちなみに手元にあるアルゼンチンの料理本によれば、ドゥルセ・デ・メンブリージョを作る時は、マルメロの果肉(皮や種をとった重さ)1キロあたり3/4キロの砂糖を使うようにと書いてあります。皮や種を煮て、よりとろみのあるゼリー(jalea)を作るために使うこともできるのですが、このときも煮汁1リットルに対して3/4キロの砂糖を使うと書いてありました。*5 youtubeなどにもレシピ動画があがっていますが、どれも砂糖は果肉の重さの3/4~同量ぐらいの配合のようです。歯にしみる甘さを体感していただくにはいいかもしれません。

 

 


Dulce de Membrillo Tradicional.

 上の動画は砂糖が80%と言っています。煮え具合の指標がひとめでわかるのでおすすめ。生で皮をむいていますが、レシピによっては一度ゆでてから皮をむくものもありました。そのほうが手は疲れにくいかもしれません。このゆで汁をゼリー(jalea)に使うこともできるようです。マルメロがオーガニックのものだと安心ですね。

 

 

*1:1590年当時スペインが植民地として支配していた地域の総称だが、ここでは現在のメキシコを指している様子

*2:アコスタ、第4巻31章

*3:新分類牧野日本植物図鑑

*4:加勢以多 - お菓子の香梅 (kobai.jp)

*5:Elichondo, Margarita. La comida criolla: Memoria y recetas. Ediciones del sol. 1997

ハカランダ  Jacaranda mimosifolia

 

キリモドキ属ノウゼンカズラ科  (別名 tarco)

ジャカランダではなくハカランダ

 最近は、海外でこの花を見た方ばかりではなく、国内で見てとりこになる方も出ているこの植物。 日本では「ジャカランダ」と呼ぶ方も多いですが、スペイン語マニアからすると、ジャカランダでは感じが出ない。スペイン語では"ja"のつづりの"j"は、発音記号では[x]となるからなのです。舌を少しもちあげて喉の奥から強く息を吐いたときの音です。なので、この記事では「カランダ」で通すことにします。

f:id:rosita:20210308162145j:plainぼんやりしていますが、色はこんな感じ。

世界中で人気だが…

 大きくなると20メートル程度になるという、ネムノキに似た羽のような柔らかそうな葉をもつ木に咲く、薄紫の色のかげんが少し桐の花に似ているこの植物は、もとはというとアルゼンチン北部~ボリビアの亜熱帯地域が原産*1で、いまではオーストラリアや南アフリカ、スペインなどでも街路樹として人気を博しています。メキシコシティでも、南アフリカでも、ブエノスアイレスでも、花の季節になると町中が薄紫に染まるといってもいいすぎではない。また花が散ると、木の下が薄紫のじゅうたんを敷いたようになるところも魅惑的で、桜のようでもあります。道理で、アルゼンチンやメキシコに暮らす日系人のなかには、これを桜に見立ててお花見する方もいるのだとか。

   なお、メキシコのハカランダについては日本人の庭師が導入したという歴史が残っています。松本辰五郎氏について(ニュースサイト Discover Nikkeiより)ちなみに、日本でも、宮崎と熱海に植えた方がいて最近では観光の名所にもなっています。 

 美しい花を咲かせるハカランダですが、じつはとても繁殖力が強く、いまは南アフリカでは庭で所持していたら罰金を科されることになっていたり、オーストラリアでも特定外来種として警戒されています。*2 土中の水分を吸い上げる力が強く、土地を乾燥させ、荒らすというのがその理由だそうです。

 

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WikimediaCommons

ブエノスアイレスの街路樹

 こちらは、アルゼンチンの2016年11月のニュース番組ですが、ブエノスアイレス市内のハカランダについてのレポートです。カルロス・タイス(1849-1934)というフランス系アルゼンチン人の建築家・造園家が、19世紀末から20世紀初めに、ブエノスアイレスの広場や公園、街路の設計にあたって土着の樹木を導入したこと、そのなかにもともとブエノスアイレスには自生していなかったハカランダも含まれていたことが語られています。可憐な花も鑑賞することができるのでぜひご覧になってみてください。市内におよそ11000本あるというハカランダは主にパレルモベルグラノ、レコレタ地区に集中*3しているとのこと。11月前後にブエノスアイレスに行くことがあったらチェックしてみてください。ビデオのなかで一瞬流れるのは、マリア・エレナ・ウォルシュ(1930-2011)というアルゼンチンで広く愛されている詩人・歌手の「ハカランダの歌」です。

 

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*1:Coluccio, Felix "Diccionario folklórico de la flora y la fauna de América. Ediciones del sol.  2005

*2:湯浅浩史『植物からの警告』2012年 14-15ページ

*3:La hora del jacarandá: qué calles de Buenos Aires se llenaron de flores violetas - LA NACION

モジェ(1)Schinus molle, Peruvian Pepper

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Scinus molle モジェ (Mendoza, Argentina)

 

 ウルシ科サンショウモドキ属

 やわらかい葉が風に揺れる様子が、一見すると柳のような印象を与える木です。最大で15メートルほどの高さになるこの木は、灰色がかった緑の細長い葉に、かわいらしい小さな赤い色の実の房をつけます。皮の下の小さな実はピンクペッパーとして使われます。コショウ科ではないのですが、形状が似ているためにペッパーと呼ばれます。料理店などで見かけた(食べた)ことのある方もいらっしゃるかも。

    英語圏ではペッパーツリー、ペルーヴィアン・ペッパーなどと呼ばれ、和名はコショウボク。スペイン語では"molle"(モジェ)またFalso pimiento (ファルソ・ピミエント 偽のコショウという意味)などいろいろな呼び名があります。ペルー原産のため、メキシコなどではスペイン語でピルーとかピルルとも呼ばれています。モジェは、エクアドルからチリ、アルゼンチン北部のアンデス地方で現在も話されているケチュア語からスペイン語になった単語のようです。パラグアイやブラジル南部、アルゼンチン北東部に暮らすグアラニ人のことばでは、アグアリバイ(Aguaribay)と呼ばれます。

 スペイン人のコンキスタドール(征服者)とインカの王女の間に生まれたインカ・ガルシラーソ(1539-1616)がインカ帝国のことを記した『インカ皇統記』*1や、イエズス会士アコスタ(1540-1600)の『新大陸自然文化誌』*2にも記されているのですが、薬用、食用として珍重されてきました。

 そのような数世紀前の記録だけではなく、ボリビアのyoutuberネルシーさんの動画に、モジェのチチャの作り方を説明したものがありました。皮をとり、ペットボトルの水に入れてシェイクするだけ。甘みのある飲み物のようです。(チチャはトウモロコシを発酵させてつくるお酒が有名ですが、現地ではアルコール分のないものを指すこともある)動画では、種は辛いのでとりのぞいてください、と説明されていました。

 伝統医療で、外傷の手当のほか、リウマチや風邪、気管支炎などにも効くとされているようですが、妊娠中の方は避けたほうがよい、という記述も見たことがありますし、場合によりアレルギー反応を起こすこともあるようです。ご利用のさいはよく調べてご自身の責任でお願いします。

 

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 なお、”molle”は、さまざまな植物(木)をさす広い概念だと思われます。なぜかというと、チリではSchinus latifoliusを、アルゼンチン中部ではSchinus fasciculatusという学名の紫の実をつける植物を、それぞれモジェと呼ぶこともあり、また、アルゼンチンでmolle dulce, molle blanco, chicha、ウルグアイで"aruera",ブラジルでは"aroeira"と呼ばれる植物 Lithaea molleoides、やはり赤い実をつけるSchinus terebinthifolius(サンショウモドキ)などがあちこちで混同されているからです。もちろん、これを書いている私もすべての種類を観察したわけではないので、まちがって理解している可能性があります。モジェの世界にはまだまだ奥行きがありそうです。 

 

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根方に落ちていたモジェ( Schinus molle )の実

   ここで扱ったモジェ[コショウボク]は、いまではオセアニア、アフリカなどにも広がっていますが、北米カリフォルニアにも持ち込まれ定着しているそうです。ちょうど2021年2月のアメリカハーブ協会の今月のハーブに選ばれたということでこちらのページに情報が載っています(英語)。すてきな壁紙もDLできるようです。のぞいてみてください。

 

大航海時代叢書〈第3〉新大陸自然文化史〈上〉 (1966年)

インカ皇統記〈1〉 (岩波文庫) 

インカ皇統記〈4〉 (岩波文庫)

 

*1:邦訳1巻第25章、4巻第12章

*2:邦訳第4巻30章

はじめに

 

    こちらのブログでは、南米にある植物と、南米原産で私たちの身近にある植物についてのことなどを書いていきたいと思います。コロンブスカリブ海の島のひとつに到達してから500数十年のあいだに、世界中にひろがったアメリカ大陸(アメリカス)の植物は、いまでは世界中の人たちにとって欠かせないものになっています。ジャガイモ、トウモロコシ、唐辛子、トマト、キャッサバなどなど…

 ここでは、そこまで有名ではないけれど、アメリカスの人たちの生活に欠かせない植物についてお話していきます。なお、管理人は、植物学や薬草学の専門家ではありませんので、ご利用の際はご自身の責任でお願いします。また、間違いや認識不足な点がありましたら、ご教示いただけますとたいへん喜びます。どうぞよろしくお願いいたします。