南米植物文化研究ノート

南米の植物にまつわるあれこれ。個人的な研究の記録です。

ハカランダ  Jacaranda mimosifolia

 

キリモドキ属ノウゼンカズラ科  (別名 tarco)

ジャカランダではなくハカランダ

 最近は、海外でこの花を見た方ばかりではなく、国内で見てとりこになる方も出ているこの植物。 日本では「ジャカランダ」と呼ぶ方も多いですが、スペイン語マニアからすると、ジャカランダでは感じが出ない。スペイン語では"ja"のつづりの"j"は、発音記号では[x]となるからなのです。舌を少しもちあげて喉の奥から強く息を吐いたときの音です。なので、この記事では「カランダ」で通すことにします。

f:id:rosita:20210308162145j:plainぼんやりしていますが、色はこんな感じ。

世界中で人気だが…

 大きくなると20メートル程度になるという、ネムノキに似た羽のような柔らかそうな葉をもつ木に咲く、薄紫の色のかげんが少し桐の花に似ているこの植物は、もとはというとアルゼンチン北部~ボリビアの亜熱帯地域が原産*1で、いまではオーストラリアや南アフリカ、スペインなどでも街路樹として人気を博しています。メキシコシティでも、南アフリカでも、ブエノスアイレスでも、花の季節になると町中が薄紫に染まるといってもいいすぎではない。また花が散ると、木の下が薄紫のじゅうたんを敷いたようになるところも魅惑的で、桜のようでもあります。道理で、アルゼンチンやメキシコに暮らす日系人のなかには、これを桜に見立ててお花見する方もいるのだとか。

   なお、メキシコのハカランダについては日本人の庭師が導入したという歴史が残っています。松本辰五郎氏について(ニュースサイト Discover Nikkeiより)ちなみに、日本でも、宮崎と熱海に植えた方がいて最近では観光の名所にもなっています。 

 美しい花を咲かせるハカランダですが、じつはとても繁殖力が強く、いまは南アフリカでは庭で所持していたら罰金を科されることになっていたり、オーストラリアでも特定外来種として警戒されています。*2 土中の水分を吸い上げる力が強く、土地を乾燥させ、荒らすというのがその理由だそうです。

 

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WikimediaCommons

ブエノスアイレスの街路樹

 こちらは、アルゼンチンの2016年11月のニュース番組ですが、ブエノスアイレス市内のハカランダについてのレポートです。カルロス・タイス(1849-1934)というフランス系アルゼンチン人の建築家・造園家が、19世紀末から20世紀初めに、ブエノスアイレスの広場や公園、街路の設計にあたって土着の樹木を導入したこと、そのなかにもともとブエノスアイレスには自生していなかったハカランダも含まれていたことが語られています。可憐な花も鑑賞することができるのでぜひご覧になってみてください。市内におよそ11000本あるというハカランダは主にパレルモベルグラノ、レコレタ地区に集中*3しているとのこと。11月前後にブエノスアイレスに行くことがあったらチェックしてみてください。ビデオのなかで一瞬流れるのは、マリア・エレナ・ウォルシュ(1930-2011)というアルゼンチンで広く愛されている詩人・歌手の「ハカランダの歌」です。

 

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*1:Coluccio, Felix "Diccionario folklórico de la flora y la fauna de América. Ediciones del sol.  2005

*2:湯浅浩史『植物からの警告』2012年 14-15ページ

*3:La hora del jacarandá: qué calles de Buenos Aires se llenaron de flores violetas - LA NACION

モジェ(1)Schinus molle, Peruvian Pepper

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Scinus molle モジェ (Mendoza, Argentina)

 

 ウルシ科サンショウモドキ属

 やわらかい葉が風に揺れる様子が、一見すると柳のような印象を与える木です。最大で15メートルほどの高さになるこの木は、灰色がかった緑の細長い葉に、かわいらしい小さな赤い色の実の房をつけます。皮の下の小さな実はピンクペッパーとして使われます。コショウ科ではないのですが、形状が似ているためにペッパーと呼ばれます。料理店などで見かけた(食べた)ことのある方もいらっしゃるかも。

    英語圏ではペッパーツリー、ペルーヴィアン・ペッパーなどと呼ばれ、和名はコショウボク。スペイン語では"molle"(モジェ)またFalso pimiento (ファルソ・ピミエント 偽のコショウという意味)などいろいろな呼び名があります。ペルー原産のため、メキシコなどではスペイン語でピルーとかピルルとも呼ばれています。モジェは、エクアドルからチリ、アルゼンチン北部のアンデス地方で現在も話されているケチュア語からスペイン語になった単語のようです。パラグアイやブラジル南部、アルゼンチン北東部に暮らすグアラニ人のことばでは、アグアリバイ(Aguaribay)と呼ばれます。

 スペイン人のコンキスタドール(征服者)とインカの王女の間に生まれたインカ・ガルシラーソ(1539-1616)がインカ帝国のことを記した『インカ皇統記』*1や、イエズス会士アコスタ(1540-1600)の『新大陸自然文化誌』*2にも記されているのですが、薬用、食用として珍重されてきました。

 そのような数世紀前の記録だけではなく、ボリビアのyoutuberネルシーさんの動画に、モジェのチチャの作り方を説明したものがありました。皮をとり、ペットボトルの水に入れてシェイクするだけ。甘みのある飲み物のようです。(チチャはトウモロコシを発酵させてつくるお酒が有名ですが、現地ではアルコール分のないものを指すこともある)動画では、種は辛いのでとりのぞいてください、と説明されていました。

 伝統医療で、外傷の手当のほか、リウマチや風邪、気管支炎などにも効くとされているようですが、妊娠中の方は避けたほうがよい、という記述も見たことがありますし、場合によりアレルギー反応を起こすこともあるようです。ご利用のさいはよく調べてご自身の責任でお願いします。

 

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 なお、”molle”は、さまざまな植物(木)をさす広い概念だと思われます。なぜかというと、チリではSchinus latifoliusを、アルゼンチン中部ではSchinus fasciculatusという学名の紫の実をつける植物を、それぞれモジェと呼ぶこともあり、また、アルゼンチンでmolle dulce, molle blanco, chicha、ウルグアイで"aruera",ブラジルでは"aroeira"と呼ばれる植物 Lithaea molleoides、やはり赤い実をつけるSchinus terebinthifolius(サンショウモドキ)などがあちこちで混同されているからです。もちろん、これを書いている私もすべての種類を観察したわけではないので、まちがって理解している可能性があります。モジェの世界にはまだまだ奥行きがありそうです。 

 

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根方に落ちていたモジェ( Schinus molle )の実

   ここで扱ったモジェ[コショウボク]は、いまではオセアニア、アフリカなどにも広がっていますが、北米カリフォルニアにも持ち込まれ定着しているそうです。ちょうど2021年2月のアメリカハーブ協会の今月のハーブに選ばれたということでこちらのページに情報が載っています(英語)。すてきな壁紙もDLできるようです。のぞいてみてください。

 

大航海時代叢書〈第3〉新大陸自然文化史〈上〉 (1966年)

インカ皇統記〈1〉 (岩波文庫) 

インカ皇統記〈4〉 (岩波文庫)

 

*1:邦訳1巻第25章、4巻第12章

*2:邦訳第4巻30章

はじめに

 

    こちらのブログでは、南米にある植物と、南米原産で私たちの身近にある植物についてのことなどを書いていきたいと思います。コロンブスカリブ海の島のひとつに到達してから500数十年のあいだに、世界中にひろがったアメリカ大陸(アメリカス)の植物は、いまでは世界中の人たちにとって欠かせないものになっています。ジャガイモ、トウモロコシ、唐辛子、トマト、キャッサバなどなど…

 ここでは、そこまで有名ではないけれど、アメリカスの人たちの生活に欠かせない植物についてお話していきます。なお、管理人は、植物学や薬草学の専門家ではありませんので、ご利用の際はご自身の責任でお願いします。また、間違いや認識不足な点がありましたら、ご教示いただけますとたいへん喜びます。どうぞよろしくお願いいたします。